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京都産業大学4年の崎山凜選手。
大学最後の空手の個人戦、その戦いには高校最後の夏から続く思いがありました。
【声】京都産業大学 4年 崎山凜選手
「悔しいです」
涙を流しながら、それでも笑顔で、そう話した崎山凜。
京都産業大学4年として、大学最後の個人戦です。
準決勝の相手は、駒澤大学4年の橋本鈴江。
崎山が、香川の高松中央高校3年だった最後の夏に、全国インターハイ4回戦で敗れた相手で、その大会の優勝者です。
崎山が先にポイントを奪います。
組手は同点で終わった場合、先にポイントを取った選手が勝ちとなります。
この「先取」が、あとで大きな意味を持ちます。
高校最後の夏は、個人でも団体でも日本一を目指していました。
空手を始めるきっかけを作ってくれた父・幸一監督(高松中央高校空手道部)を"日本一にしたい"、そんな思いがありました。
しかし、その夏は、けがで終わります。
残り10秒までリードしながら、相手ともつれ右膝を負傷。
棄権し、団体戦にも出場できないまま、高校生活を終えました。
その、けがの影響で、大学でも空手ができない時間は、およそ2年にも及びました。
3年から試合に出場しても、思うように体が動かない。
【声】京都産業大学 4年 崎山凜選手
「本当は、やめようと思ったことが何回もあって...」
それでも続けた大好きな空手。
準決勝、崎山は逆転を許します。1対2。
残り45秒、渾身の突きが決まり、2対2の同点にします。
空手ができない時間を乗り越え、たどり着いた大学最後の個人戦。
崎山は相手の猛攻をしのぎ切り決勝進出。
高校最後の夏、全国インターハイで果たせなかった日本一まで、あと1勝となりました。
準決勝から、およそ1時間後、決勝の舞台へ向かう崎山は、入場で天を仰ぎます。
「落ち着け」と!
会場中から聞こえる自分の名前。
「凜ちゃん、凜ちゃん、凜ちゃん」
決勝戦、崎山は最後まで前に出ました。
しかし、日本一には、届きませんでした。
【声】京都産業大学 4年 崎山凜選手
「本当は、やめようと思ったことが何回もあって、でも先輩だったり、同学年のチームメイトや後輩だったり、いろんな人に支えられ、続けてこられた。感謝しかない。
高校で悔しい思いを一緒にしてきた仲間たちと、大学で出会った仲間たちと、みんなが応援してくれて、結果で恩返しをしたかった。悔しいです!」

















