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クラブの歴史に名を刻むレジェンドの登場です。
京都サンガ出身の元日本代表で、3月に現役引退を発表した久保裕也さんが、4月14日、サンガタウン城陽を訪問しました。
2011年、日本サッカー界にその名を刻みました。
当時17歳、高校生の久保裕也さんは、Jリーグ(J2)のデビュー戦で決勝ゴールとなる得点を挙げました。
その年、リーグ戦30試合に出場、チーム最多の10得点。
翌年、日本代表に初招集、2013年には海外移籍を決断します。
その後、ヨーロッパのクラブチームを渡り歩いてきました。
2020年からはアメリカに渡り、急成長を遂げているサッカーのメジャーリーグで活躍しました。
この日、城陽市のサンガタウンを訪れた久保さんを、当時のチームメイトで現在、強化部長を務める安藤淳さんが出迎えました。
安藤さんと談笑中に思わず・・・
【声】久保裕也さん
「違うチームに来たみたいです」
初対面の選手が多い中、2012年、サンガで共に戦った先輩と再会を果たします。
久保さん「駿さん今、何歳?」
長沢選手「(ことし)38歳」
久保さん「じゃあカズさん(三浦 知良)くらいまで」
長沢選手「無理」
サンガ・アカデミー出身の若手ホープが背負ってきた「背番号31」久保さんが背負った番号です。
【声】京都サンガ 福岡慎平 選手
「久保さんをずっと見ていました。
背番号「31」をつけていた。
全く点を取れなかったのですが...(笑)」
現役時代、取材を重ねた梶原誠アナに対しては胸の内を明かしてくれました。
【声】久保裕也さん
「日本に帰るのであれば、京都サンガを考えていましたが、日本に帰るという選択肢が持てなかったので、今後はアメリカを拠点に日米の懸け橋となる仕事がしたい」
久保さんとの再会を喜んだのは3年後輩の奥川雅也選手です。
【声】京都サンガ 奥川雅也 選手
「サンガユースにいた時に久保くんの名前は聞いていた。
2011年、僕らが高円宮杯(U-18)で戦っているとき、天皇杯で戦っていた。
ゴールを決めていた。それをみんなで見ていたことは今でも覚えています。
スーパースターです」
2011年、天皇杯準優勝の立役者、久保さんの活躍を鮮明に覚えているという奥川選手。
さらに海外移籍の先駆者だったと言います。
奥川雅也 選手「ほとんど久保くんのルートをたどったというか、(海外移籍の)道を切り拓いてくれた人」
久保さん「テレビ様です!笑」
奥川雅也 選手「これはマジです」
ヨーロッパでは様々な交流もあったそうで・・・日本代表の"あの選手"と3人で会食したことも。
【声】久保裕也さん
「(ドイツの)ミュンヘンで南野拓実選手(日本代表)と一緒に食事へ行ったのが最後かな」
この日は、奥川選手が30歳の誕生日、それを知った偉大な先輩は?
久保さん「良かった!事前に聞かなくて。プレゼント買わないといけなくなるから(笑)」
奥川雅也 選手「(再会の)サプライズがプレゼントです!」
久保さんの訪問は、多くの選手へ刺激を与えました。
最後にサポーターへのメッセージです。
【声】久保裕也さん
「長い間 応援していただき ありがとうございました。
引き続き、サンガを僕も応援するので一緒に応援してください!」
















