本日、米團治日和。

KBS京都ラジオ 毎週水曜日 17:30-18:00 オンエア

1月5日、12日放送 株式会社宮脇賣扇庵 社長 南 忠政さん

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2022年、最初のゲストを華やかな扇子の話題でお届けしました。
宮脇賣扇庵の創業は文政6年。
扇の専門店としてほぼすべての製品を自社で製造販売してきました。

扇子は現在では主にあおぐことで涼をとる道具として用いられますが
もともとは災いを避けるお守りのような意味もあったといいます。

平安時代には貴族の必需品。歌を添え、思いを託したり、
自身の一部として思いあう人と交換したり。
コミュニケーションのツールとしても重宝されていました。

そんな日本古来の扇子の文化を大切にしながら
宮脇賣扇庵は扇子の新しいあり方を提案するファッションブランド
「BANANA to YELLOW(バナナとイエロう)」を立ち上げました。
季節やシーンを問わないモダンな扇子は新しい用途とともに
新しい文化をもたらすかもしれません。

〒604-8073
京都市中京区六角通富小路東入ル 大黒町80-3
TEL:075-221-0181 (代表)
FAX:075-221-0439

桂米團治さん、株式会社宮脇賣扇庵 社長 南 忠政さん

桂米團治さん、株式会社宮脇賣扇庵 社長 南 忠政さん

桂米團治さん、株式会社宮脇賣扇庵 社長 南 忠政さん

12月15日、22日放送 株式会社 松葉 5代目主人 松野博さん

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年越しといえば年越し蕎麦。そして蕎麦と言えば松葉、と答える方も多いことでしょう。
2021年の最後は、にしんそばでお馴染みの、松葉5代目主人松野博さん、
取締役でもいらっしゃる、お姉さまの松野容子さんをゲストにお迎えしました。

松葉の創業は文久元年、1861年。
初代松野与衛門が18歳で蕎麦屋を開業したのが始まりです。
明治になり、二代目松野与三吉が「にしんそば」を発案し、元祖となりました。
南座の一角への移転を機にこの時から屋号を松葉としました。

やがて「にしんそば」は、京都人に長く愛されるおなじみの味となりました。
骨まで柔らかく炊き上げたにしんと香り高いお出汁、
喉越しの良い蕎麦が絶妙に調和した、150年近変わらない、京都の名物です。
番組では蕎麦の話、にしんの話、そして松葉の話
仲の良い姉弟の朗らかなお話と、お店の皆さんと培ってきた老舗のお店らしいお話で盛り上がりました。

京都府京都市東山区四条大橋東入ル川端町192
電話:(075)561-1451
FAX:(075)561-1468
営業時間:11:00~19:00 (LO. 18:45)
定休日:水,木曜日(祝日の場合は営業)

米團治さん、株式会社 松葉 5代目主人 松野博さん

米團治さん、株式会社 松葉 5代目主人 松野博さん

12月1日、8日放送 法輪寺 藤本高仝(こうどう)住職

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寅年を迎える前に「嵯峨の虚空蔵(こくうぞう)さん」の愛称で親しまれている法輪寺の藤本高仝(こうどう)住職をゲストにお迎えしました。
はじまりは1800年もの昔。
日本に邪馬台国が出現し、中国や朝鮮半島との交流が盛んになり始めたころ。
秦(しん)の始皇帝の一族 秦(はた)氏がこの地に渡来。
農耕技術をはじめ多くの先進技術をもたらし栄えた地に
和銅6年、元明天皇の勅願により、行基菩薩が創建したのが
木上山葛井寺(もくじょうざんかづのいでら)、法輪寺の前身です。

法輪寺は数え年13歳を迎えた少年少女が「十三まいり」の祈願に全国から訪れることでも知られています。
この十三参りの起源についてもお聞きしました。
法輪寺の本尊虚空蔵菩薩は寅年の守護本尊とされています。
この混迷の時代、2022年はどんな年になるのか、
米團治と一緒に語り合っていただきました。

法輪寺(通称 嵯峨の虚空蔵さん)
〒616-0006
京都府京都市西京区嵐山虚空蔵山町
電話: 075-862-0013
FAX:075-861-1830

米團治さん、藤本高仝(こうどう)住職

11月17日、24日放送 東京パラリンピック・メダリスト 和田伸也さん、伴走者 長谷部匠さん

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鮮やかな公式ユニフォームを着てスタジオへお越しいただいたのは
東京パラリンピック、陸上視覚障害の部男子1500メートル銀メダリスト
5000メートル銅メダリスト、マラソンで9位となった
和田伸也さんと伴走者としてともに闘った長谷部匠さん。
ゲストとしてお迎えし色々なお話をお聞きしました。
この9位も全盲としてはパラリンピックレコードという快挙です。

和田さんは大阪府出身。
高校生の頃に網膜色素変性症と診断され、
関西大学在学中に視力を失いました。
それでも点字を勉強しながら大学院に進学。
専門学校の非常勤講師、点字図書館の職員を経て
現在は「長瀬産業」専属選手として活躍中です。

本格的に競技を始めたのは28歳。
現在パラ種目4つのアジア記録を持つ全盲クラスの国内トップランナーです。
いままでの道は決して平たんではなかったでしょう。
その蔭にあった葛藤、多くの人達との出会い。
和田さんが駆けてきた、その道のりは
次のオリンピック、パリ大会へと続きます。

東京パラリンピック・メダリスト 和田伸也さん、伴走者 長谷部匠さん

東京パラリンピック・メダリスト 和田伸也さん、伴走者 長谷部匠さん

東京パラリンピック・メダリスト 和田伸也さん、伴走者 長谷部匠さん

東京パラリンピック・メダリスト 和田伸也さん、伴走者 長谷部匠さん

東京パラリンピック・メダリスト 和田伸也さん、伴走者 長谷部匠さん

11月3日、10日放送 戒光寺住職 渡邊恭章さん

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皇室の菩提寺であることから御寺と呼ばれる泉涌寺。
その塔頭寺院のひとつ戒光寺(かいこうじ)の住職渡邊恭章さんが今回のゲストでした。

戒光寺は後掘河天皇の勅願所として鎌倉時代中期に創建されました。
応仁の乱の大火から奇跡的に焼失を免れた本尊・丈六釈迦如来像は
鎌倉時代の仏師 運慶・湛慶(たんけい)親子の合作。
皇位継承争いに巻き込まれた後水尾天皇が暗殺者に寝首をかかれた際
身代わりとなって血を流されたと伝わり、
そのためご本尊は「身代わり釈迦」と崇められています。

このお釈迦さまがおられる本堂の屋根が先日の豪雨によって崩落してしまいました。
すぐさま復旧に向けて動き出した渡邊さん。
建立以来一度も大規模な工事が行われていないお堂には
新たな発見があるかもしれません。
戒光寺の魅力と復興に向けた強い思いを伺いました。

クラウドファンディング「THE KYOTO」
https://the-kyoto.en-jine.com/projects/kaikouji

戒光寺住職 渡邊恭章さん

10月20日、27日放送 京料理「清和荘」三代目主人竹中撤男さん

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伏見の京料理「清和荘」三代目主人竹中撤男さん。
「清和荘」は1957年に創業。オイルサーディンで有名な
京都府宮津市の竹中罐詰株式会社とも所縁のある竹中さん。
数寄屋造りの和室で、美しい日本庭園を眺めながら
旬の京野菜をはじめ新鮮な魚介類や高級食材を贅沢に取り入れた京料理が
楽しめる料亭です。
撤男さんはご主人であり料理人でもあるといういわゆるオーナーシェフ。

長男として家業を継ぐのは自然の成り行きでしたが
自ら料理をつくる三代目をめざしたといいます。
主人は経営を担い料理は料理長が責任を持つという
スタイルをあえて取らなかった理由は?
撤男さんの料理への思いは?
そして京料理の魅力とは。
清和荘の味をこよなく愛する米團治と賑やかにお話がすすみました。

「清和荘」三代目主人竹中撤男さん

「清和荘」三代目主人竹中撤男さん

10月6日、13日放送 藤原食品代表 藤原和也さん

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京都の納豆屋さんでお馴染みの藤原食品代表の藤原和也さんをお迎えしました。
和也さんは藤原食品の4代目。ですがもともと家業を継ぐつもりはありませんでした。
どちらかといえば納豆の味もニオイも嫌い。一度はチャレンジしましたが
まったく楽しいと感じられず京都を脱出。埼玉で飲食の仕事に就きました。
7年後、ふと京都へ帰ろうと再び実家へ。父に藤原食品を託された和也さんは
再びの納豆づくりを通じて以前には感じられなかった面白さや楽しさを感じたのです。

京都で納豆を作っていることをまず知ってもらいたい。
和也さんは売り方、PRの仕方を工夫します。
豆と納豆菌だけでできる納豆だからこそその味は作り手によって変わってあたりまえ。
そのユニークな販売方法、こだわりの味についてお聞きしました。
代表商品ともいえる「鴨川納豆」を筆頭に次々と納豆を食する米團治さんの食べっぷりに
こちらも思わず食べたくなりました!皆様も是非!あ、本屋さんで見つかるかもですよ!

藤原食品代表 藤原和也さん

藤原食品代表 藤原和也さん

藤原食品代表 藤原和也さん

藤原食品代表 藤原和也さん

藤原食品代表 藤原和也さん

藤原食品代表 藤原和也さん

9月15日、22日放送 新内演奏家 重森三果(みか)さん

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新内演奏家 重森三果さんの祖父は昭和の時代、永遠のモダニズムを石に託した作庭家重森三玲。
三果さんは幼いころより母に連れられ歌舞伎や芝居の舞台に触れていました。
お稽古は小唄、三味線、お茶、お花、日本舞踊、書道、ピアノ...さまざまな芸ごとを学ばれます。
中でも三果さんが心惹かれたのが新内でした。小学生で新内のとりこになった三果さん。
異ジャンルとの共演、映画出演、お座敷唄など精進を続け2012年に新内研進派家元新内志賀を襲名されました。

時代の共感を得ながら新内をしっかりと伝え、つないでいこうと新作の創作、公演活動など意欲的に活動されています。
実際にお三味線をご持参いただき、ひき語っていただきました。憂いのある語りの芸術に誘われました。
演奏会などチェックして是非生の舞台をご覧ください!

新内演奏家 重森三果(みか)さん

新内演奏家 重森三果(みか)さん

9月1日、8日放送 ゲスト:京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

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両親ともが京繍職人の家に長女として誕生されました。
当然幼い頃から家業を継ぐことが前提でした。
長じて父の名を継ぎ、伝統工芸士となられます。

様々な柄や模様を刺繍で表現する技、京繍。
着物の本場京都、西陣で盛んでした。
2000種類もある色糸を自分でより合わせ色を作るため
それぞれの職人の色彩感覚よって異なる表情が生み出されます。
それは華やかであると同時に、美しく目立たず傷みを修復するという実用的な面も。
布に向かうだけでなく、バンド活動や水泳もたしなむという後藤さん。
自分の子どもには決して次いでほしいと言わなかったという後藤さんに
京都の伝統工芸を担う想いをお聞きしました。当日は数々の作品を持って来て下さいました。
額に収められた猫や金魚は今にも動き出しそうなほど繊細に表現されていました。
2週目は嫁がれたお嬢様にも飛び入りでご出演いただきました。

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

京繍の伝統工芸士 中村黙堂(もくどう)。(後藤美鈴さん)

8月18日、25日放送 ゲスト:桂宗助さん(二代目桂八十八(やそはち))

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10代のころに米朝に弟子入り志願するものの断られ、いったんは料理の道に進みながらも
落語家への夢をあきらめきれず1988年、24歳のときに再度志願し、入門を果たされます。
米朝宅で住み込み修業をした最後の直弟子。端正な口調は米朝さんにそっくり。
米朝さんの芸を最も忠実に再現しているといわれます。
そんな宗助さんはこのたび、二代目桂八十八(やそはち)を襲名することになりました。
八十八は俳句をたしなんだ米朝さんの俳号。米の漢字を分解した名前です。
襲名を何度も固辞したという宗助さん。米朝さんからもらった宗助の名への思いや八十八を継ぐ決意。
兄弟弟子米團治との対談で、ここだけの思い出話やこれからの決意を、美空ひばりの物まねで歌声も交えて、
楽しくお話しいただきました。

桂宗助さん(二代目桂八十八(やそはち))g

桂宗助さん(二代目桂八十八(やそはち))