明治維新150年特別特番 小日向えりの維新ときめき探訪

番組リポート

佐賀編 (放送後)

4県目の佐賀!
ここでは「公益財団法人鍋島報效会 徴古館」をたずねました。
待っていてくれたのは、NBCラジオ佐賀の福田孝子さん。

佐賀のときめきキーワードは
国を愛し、仕事を愛し、人を愛した殿様」です。
こちらは佐賀藩主・鍋島直正公でした。

お話を伺ったのは、鍋島報效会 徴古館学芸員・富田紘次さん。


長崎警備

佐賀藩主の鍋島家が初代藩主の時代以来、連綿と家の仕事として200年以上続けてきたのが、長崎の港の警備でした。
鎖国時代、日本で唯一西洋に開いていたのが長崎の港。
外国船がたくさん来るので、福岡藩主の黒田家と鍋島家が1年交代で警備していました。


国を愛し、仕事を愛した

直正公にとって、長崎警備は先祖代々続く大事なお仕事。
普段から直正公はご先祖様に対するリスペクトが非常に強く、幼少期にはご先祖に当たる鍋島直茂公が残した教訓書を毎朝勉強するのを
日課にしていたそうです。

佐賀藩は日本で初めての洋式鉄製大砲を製造しました。
アヘン戦争が起こったことなどをきっかけに、直正公はいち早く、国防に対して危機感を感じていました。しかしあくまで外様大名なので、勝手に砲台を作るということはできません。
なぜなら長崎の警備という仕事は、徳川幕府から仰せつかっているものだからです。
幕府に必要性を説明しますが、200年以上作らないでも大丈夫だったという理由でNGが出されます。

そこで直正公は、長崎湾の一部にある佐賀藩の領地で、佐賀藩独自で台場を築きます。
長崎警備の当番にあたる年は1000人規模で佐賀から長崎に単身赴任するので、大勢の佐賀藩士が外国船を目の当たりにするので、佐賀藩は多くの人が危機感を共有していたのです。

直正公は「長崎の警備が不十分なのは、天下=日本国の危ぶむことです」と幕府に言っており、佐賀藩のことだけでなく、日本全体の国防を考えていました。

直正公は朝廷や幕府から、時に力を貸してほしいとラブコールがありましたが、あまり深入りはしませんでした。
「私は幕閣ではありません、外様大名であり、佐賀藩主です。藩主の仕事で一番大事なのは長崎の警備です。なので警備のことを言われれば何でもやりますが、それ以外の佐賀藩主としてふさわしくないことはしません」と言い、断っていたそうです。
自分の立場をわきまえて、その仕事に誇りをもって愛していたんですね。


人を愛した

新しい台場が形になり始めたころ、長崎にロシアのプチャーチンが軍艦を率いて開国を迫ってきました。夏にやってきて冬の寒い時期になり、実際に砲撃には至らならなかったものの、その警備が数か月間続き、過酷な寒い中での警備にもなりました。
その時のことが藩士の日記に残っており、「12月24日。佐賀から伝令がやってきた。寒い時期にもかかわらず、パトロールなどをして大変大義である。現場を指揮するトップの藩士をはじめ、一兵卒や、船の手漕ぎに至るまで、全員にもれなくお酒をふるまいます」という直正公の言葉が届けられたのです。

なんでこんなことができたのでしょうか。
戦国武将・鍋島直茂公が残した「人間は下ほど骨折り候こと、よく知るべし」という言葉。
トップに立つものは現場で汗を流している部下のことを頭に置いておかなければいけないということ。この言葉を直正公は大事にしていたんですね。


こんなお父さんの一面も!

名君という面のほかに、家族に対するこんな一面も。
川越藩にお嫁に行った長女の貢(みつ)姫(ひめ)に宛てた手紙が200通も残っているそうです。
その一つに、天然痘を予防する種痘の接種を貢姫が子供のころに受けたのですが、大人になって「もう一回受けてくれ」と書いているのです。

しかも自分がお節介をしていると自覚しているそうで、「いらぬこととお思いでしょうけど、腹などおたてなされぬように」と書いており、あんまり言いすぎると貢姫も機嫌を損ねるだろうけど、それでも受けてもらいたいという、娘を心配するお父さんのお話をお聞きしました。

他にも「最近は魚取りをして楽しんでいます、花見を佐賀で行きました、綺麗でした。お花をちぎって送ります」といって、押し花にして江戸まで送っているのです!
現在で言うと、写真を撮ってLINEで送る...といった感覚かもしれませんね。

福田さんとの女子トークでは、佐賀に住んでいて、直正公を知ってはいたけど、こんな素敵な人柄だとは!と、そして部下をねぎらう直正公は、現在で言うと理想の上司!一生ついて行きます!!という感じですねと言っていました。


そして福田さんから最後の指令書を頂き、最後の地、鹿児島へ!!

徴古館

↑徴古館の前にて。徴古館は昭和2年に創設された佐賀県内初の博物館なんです!

取材の様子

取材の様子

↑取材の様子。資料を見せていただきながら、丁寧に説明してくださいました!

指令書

↑5通目の指令書ともなると、この顔です。

福田孝子さん、小日向さん、富田紘次さん

↑左から福田孝子さん、小日向さん、富田紘次さん。

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