本日の今すぐ言いたい!は、『学校では教えてくれない古文教室』ということで、
スタジオに村上まり古文塾の村上まり先生にお越し頂きました!!

本日は、「永観二年(984)の横綱対決 『今昔物語集』から」ということで、古文の世界の名勝負についてお話していただきました!

お役所が全国にスカウトを派遣して強そうなものを選び出し、7月の末に宮中で二十番勝負が執り行われるのを相撲節(すまいのせち)と言われ、左方右方に分かれての年に一回の取り組みが行われていたそうです。

前日には帝の前で「内取り」という左同士右同士の勝負をし、翌日には目立った者たちを選抜しての「抜き取り」「抜手」が行われ、これが盛り上がったそうです。

横綱は最手(ほて)と呼ばれ、左右では左が格上。
左は東国出身で少し年上の成村、右は丹後出身の恒世が「抜手」で、この二人の一番が組まれたそうです。

況んや成村は恒世よりは久しくなりたる者なれば、もし打たれんに極めていとほしかりぬべし。
成村はこの取り組みを嫌いましたが、帝からのお許しはでません。
成村は強引に恒世を引き寄せ、引き上げて外掛け。恒世は内掛けに引き寄せて、覆い被さるように倒れる。成村は仰向けに倒れ、恒世は上に倒れ込みます。

この取り組みは見ていた人たちも緊張感があり、静かだったそうです。
成村は起き上がりそのまま場を離れ東国に帰り、その後二度と都へ上がらなかったそうです。勝者の恒世は胸の骨が折れ、郷里へ戻る途中亡くなりました。

見るもの全てを圧倒した大勝負は、異能の相撲人への敬意が少し足りないところから生まれ、2人の大スターを失うことになってしまったんですね、、(*_*)

村上まり先生、本日もありがとうございました!!

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