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第22話 なつかしの京銘菓 蕎麦ぼうろ

 
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京都で生まれたぼうろ「蕎麦ぼうろ」。ぼうろはもともとカステラや金平糖などとともに海外から伝わった南蛮菓子です。南蛮船の渡来と共に、日本へ伝わった南蛮菓子。伝来当初の製法は不明ですが、 享保(きょうほう)3年、1718年、日本で初めて刊行された菓子製法の専門書である『古今名物御前菓子秘伝抄』にはぼうろのことが記されてあり、小麦粉に砂糖を入れ水を加えて練った生地を様々な形に切って、焼くことが記されています。秘伝抄にそって「ぼうろ」を作ってみたのですが、膨張剤や、卵を使わないと私たちの馴染みのある味や形にはならないようです。

なぜ、京都には蕎麦を使ったぼうろが誕生したのでしょうか。姉小路御幸町にある「総本家河道屋」さん。こちらが元祖、蕎麦ぼうろの発祥といわれるお店です。河道屋は平安遷都とともに京都に移り住んだ家柄ともいわれますが、かたちとして残っているのは(1723)年の町内の書き付け。その時から勘定して三百年弱。河道屋は、創業当時、餅等を扱う菓子屋をしており、副業としてお蕎麦屋さんもやっていたそうです。その後明治の終わり、当代の先々代にあたる14代目のときに蕎麦屋と菓子屋に分けたそうです。

世間一般に知られている「蕎麦ぼうろ」のことを、こちらでは「蕎麦ほうる」と呼ぶんだそうです。その「蕎麦ほうる」は江戸時代末期から明治のはじめにかけて、13代目の河道屋安兵衛によって生み出されました。もともと餅などの菓子もつくりながら、お蕎麦もつくっていた安兵衛さんはある日、ある時お蕎麦を打ちながら思いつきました。その当時からあった南蛮菓子ぼうろ。この製法を簡単に考えたら「こねて」「のばして」「焼く」。のばすまでは蕎麦づくりとよく似た技術でできる。蕎麦とおんなじような材料でもできるのではないか? 蕎麦屋が手持ちの材料と手打ちの技術でもって焼いたものが「蕎麦ほうる」。菓子屋であり蕎麦屋でもあるお店ならではの発想といいますか、偶然ともいえる誕生秘話でございます。


■お店情報

晦庵
河道屋京都市中京区麩屋町通三条上ル
075-221-2525

総本家
河道屋京都市中京区姉小路通御幸町西入ル
075-221-4907

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