「二人の倉庫」劇ラジ用語
2007年12月25日 [その他]
「二人の倉庫」(12/13・第11回放送より)
ヨーロッパ企画・第25回公演「火星の倉庫」の大阪公演直前キャンペーンとして
行われた企画のタイトル。
お互いの倉庫から秘蔵のブツを持ち寄って勝負するという企画。
番組ディレクターのまちゃこの判定で、勝者は永野となった。
(当日持ち込まれた二人のブツは「第11回放送終了」を参照)
この「二人の倉庫」から放出されたものが、「劇的クリスマス」の際に、
集まってくれたリスナーに送られたプレゼントとなっている。
思い出の品なので、二人の思い入れが強すぎるのだが、
我々にはガラクタにしか見えない。
「生活の柄」・劇ラジ用語
2007年12月19日 [その他]
「生活の柄」(10/4・第1回放送より)
劇的ラジオのエンディング曲。
「生活の柄」 作詞:山之口漠 作曲:高田渡
高田渡は1960年代から1990年代に活躍したフォークシンガー。
劇ラジのオープニングやエンディングの曲を決めるために持ち寄った CDの中から、
本多が持ってきた、この曲のほっこりする雰囲気が
最もエンディングにふさわしいと満場一致で決定。
実際、放送ではこの曲が聞こえてくると、二人ともリラックスしすぎるのか、
エンディングがグダグダになることもしばしば。
ちなみに、本多はアングラ演劇をやっていた母親からの影響か、
自身もアングラ思考である。
「土佐和成」劇ラジ用語
2007年12月18日 [その他]
「土佐和成」(11/1・第5回放送より)
ヨーロッパ企画の俳優。
第5回放送の「劇的一言スペシャル」にゲストとして登場、自身の劇的一言を発表した。
劇団内では、最もしょうもない声を持つ男として知られる。
また、若かりし頃はナンパでブイブイ言わせたとのことで、
プレイボーイキャラが定着している。
ここ一番の大舞台では「ムチャクチャやったる」が口癖だが、
未だムチャクチャやったことはない。
そんな土佐和成の劇的一言は…
・大好きな女の子に付き合ってくださいと告白した時に言われた、
劇的一言「あんたとは、生まれ変わっても付き合わん」
・結局その女の子と付き合うことになり、誕生日なにがほしい?
と聞いたときの劇的一言「星がほしい」
「中川晴樹」・劇ラジ用語
2007年12月13日 [その他]
「中川晴樹」
当番組を企画立案し、構成作家として番組全体をプロデュースする、ヨーロッパ企画の俳優。
俳優業以外にも、ヨーロッパ企画の映像イベント
「ショートショートムービーフェスティバル」のプロデューサーも手がける。
1977年7月3日生まれ 愛知県出身。
その風貌、普段の振る舞いから、メガネヤ○ザ(10/11・第2回放送より永野談)と呼ばれる。
またステッカー全般に関しては、異様なほどのこだわりを示す謎の一面も。
放送終了後には、永野・本多に対して容赦ないダメ出しを浴びせるため、
二人からは恐れられている。
「永野ひろし」劇ラジ用語
2007年11月22日 [その他]
「永野ひろし」 (11月22日・第8回放送より)
火星の倉庫直前企画として、本多力による京都演劇界講座を開いた際、
本多の観劇至上最も印象に残った役者として、「永野ひろし」が紹介されました。
「永野ひろし」とは、永野宗典が19歳の初舞台の時に使っていた芸名です。
その初舞台の公演のパンフレットに、永野が書いた文章が掲載されており、
それを本多が読み上げました。以下がその文章。
「僕は演劇で食べていこうと思っています。
演劇で食べていくということは一体どういうことなのか、
ハッキリ言ってわかっていません。だけど、
ものすごく厳しいんだぞと思い込んでいます。
多分、厳しいんだろうと思うんですけど、
このままじゃ絶対駄目なんだろうなぁって思いながら生きています。
僕が練習する時には、目標というものがあります。
それは「よい表現」というものです。
自分の中で「よい表現」を見つけ出せた時こそ、芝居をやっている意味を見いだせるのです。
よい表現をすれば、お客さんから何らかのよい反応がある訳で、
僕自身人前に立つ存在価値とか、お客さんにとっても、
きゅうくつな所でじーっと座ったままでいる価値がでてくる訳です。
僕はとにかく「よい表現」というものを頼りに前進していくつもりです。
僕にとって人前で演じることでその存在価値というものを感じ取れることが生き甲斐なんです。
だから僕は演劇をやるのです。
僕はまだ未熟ものです。
表現力のある役者になりたいです。
みんなの心に残る役者でありたいです。それじゃ、がんばります。」
「番組特製ステッカー」劇ラジ用語
2007年11月08日 [その他]
「番組特製ステッカー」
番組の構成作家・角田貴志デザインによる番組特製ステッカー。
お便りが紹介された方にだけ送られる、とても貴重なもの。
ちょうど携帯電話に貼れるサイズ。
これは同じく構成作家の中川が無類のステッカー好き
(手帳、ノート、テレビ、冷蔵庫など、あいてるスペースがあれば、
どこにでも貼ってしまう、そんな30歳)であり、彼のこだわりによって、このサイズになった。

「コンピアルバム」劇ラジ用語
2007年10月29日 [その他]
「コンピアルバム」 (10/18・第3回放送より)
リスナーから歌のリクエストが届いたのに、20分番組なだけに、
音楽をかける余裕はまったく無い。
それに対して、リクエストに答えることは出来ないが、せっかく送ってくれたのだから、
永野が個人的に聞くためのコンピアルバムをつくると宣言。
その後もリスナーからの歌のリクエストは続いている。
ちなみにコンピアルバムはコンピレーション-アルバムの略。CDで、もともと別
のアルバムに入っていた曲を、一定の意図に基づいて集めて作るアルバム。
編集盤。あるミュージシャンの代表的な曲を集めたものや、あるジャンルのヒット曲集、
特定のテーマや雰囲気を持った曲を集めたものなど。(大辞泉より)
永野コンピアルバム・リスト
ゆず「もうすぐ30歳」→第3回放送・大阪市・0101(おいちおいち)
ブルーハーツ「情熱の薔薇」→第4回放送・大阪市・ぶちょ
「盆地ターゲット」劇ラジ用語
2007年10月29日 [その他]
「盆地ターゲット」 (10/4・第1回放送より)
「京都ラジオだから京都市民がターゲット」ということを永野風に言うとこうなる。
だが、お便りは大阪や香川など京都以外の方からしか来ない時期が
放送開始後続いている。
第3回放送までのところ、本多が確認した京都リスナーは、
本多母と本多高校時代の友人母、そして永野の下宿先のおばさんと息子さんのみ。
京都は盆地のため、夏暑く、冬寒い。
「劇的年表」劇ラジ用語
2007年10月29日 [その他]
「劇的年表」 (10/4・第1回放送~10/25・第4回放送)
番組スタートしたのはいいが、誰も自分らのこと知らねーんじゃねーの?
ということで行われた。
永野・本多が自分の平凡な人生の中に劇的ポイントを見つけ出し発表することで、
リスナーの皆さんに永野・本多をより深く知って頂くための企画。
第1回は永野の誕生から中学卒業まで、第2回は本多の誕生から中学卒業まで、
第3回は永野の高校入学から現在まで、第4回は本多の高校入学から現在までを放送した。
番組スタート・・・本多からのコメント
2007年10月01日 [その他]
ドキドキしてます。なんせラジオですから。しかも喋るのは永野さんと二人。ドキドキしないはずがないです。
永野さんと出会ってから、二人だけでもきっと何百時間と喋ってきましたが果たしてその中でラジオの放送に耐えうる二十分があったかというと一切見当たらないです。
よくよく考えたら永野さんのこともそこまで知らないし。
誕生日も知らないし。僕の誕生日も永野さん知らないだろうし。これからお互いにお互いがびっくりさせられていくはずです。そんな二人のラジオです。やさしい耳で聴いていただけるとありがたいです。
お願いします。

番組スタート・・・永野からのコメント
2007年10月01日 [その他]
相方の本多くんとはこれまで何度も演劇・ドラマ・映画で同じ現場を一緒に過ごしてきて、相談し合ったり、励まし合ったりたくさん話をしてきましたが、今回のラジオばっかりはどうなるものか全く未知の領域です。
普段の僕らのトークといえば、
「どうしたら演技って上手くなれるんだろうねえ?」
「カメラで撮られるのって怖いねえ」
「もう無理かもしれない…」
こんなノリのうじうじしたトークなんですが、これがラジオでどのように化けるのか、僕らとしても楽しみです。
記念すべき第一回目の放送はきっと、
うれしさ・ういういしさ・緊張感・不馴れ感・しどろもどろ感・及び腰感etc、
丸出しなアップアップした放送になると思いますが、むしろその一発目の放送でしか聴けない、いわば産声のような、
そんな放送になると思います。是非ぜひ母心でもって僕らを出迎えてくださると幸いです。
このブログを見てラジオを聴かれた方は、もう他人事じゃ済まされませんよ!
オギャー!
